昭和四十八年九月六日
X御理解 第十八節「このほうの事を神と言うが、此の方ばかりではない、ここに参って居る人々が皆神の氏子じゃ、生き神とはここに神が生まれると言う事で、此の方がおかげの受け初めである、皆もその通りにおかげが受けられるぞ」
皆もその通りのおかげが受けられる、私自身自分の事を無学の百姓だと言う自覚、人からは神様と、生神様と称される程しの、御神徳を受けられても、土を掘る無学の百姓だと、御自身にそう言う自覚から、生神が生まれておる。所謂わが心に神が生まれる、我が心に神が生まれておる訳です。本当に私のような何も出来ないもの、私のような無学の百姓にこのようなおかげを下されてと言うところに、その心が生きておる、その心が神である。私共もやっぱりそれがある、それこそ何も出来ない言うなら、商売だけが取り柄と思いよった、その商売すらも最後の時には、自分でしよった自分で商才があるように思いよったけれども、神様のおかげを頂かなければ出来る事ではないと、ギリギリ追い詰められた時にそれを感じたです、そこから言うなら私の心の神は生長して来たと、こう言う風に思うです。 ────────────────────────────────
昨日同じようなお届けを、言うような意味のお届けを、二人の方から頂いたんですけれど此処では熱心な一家を挙げて信心しておられるお家なんです、それがそのたまたま、その近所に行ったところが、自分が小学校の頃の友達に会った、そしてちょいと寄んなさいと言うので寄って、寄らせて頂いたところがその人のその近所の悪口が、もうそれこそこれ以上の悪口はあるまいと言う、悪口を聞いて来た。
実は私もびっくりしまして、まあ話半分に聞いたところで、そう言う嘘を言う友達ではございませんでしたその人は、だからこの二つ三つの事だけでもこれは、信心どもして上げようと思って実は参りましたが。それを言うても良いでしょうかと言う事であった、ところが昨日の御理解が所謂黙って、黙っておる事の内容が暖かい心で祈ってやれと言う事でした。
私もそれを聞かせて頂いて、ほんなことのう、あんた達も友達甲斐、信心甲斐に言うて上げた方がええかしれんなと、言うて上げたい程しであった、けれどもこれは言うちゃならん、あんたがそれだけの切実な思いがあるならば、それこそ暖かい心で折角のあんたにそう言う耳にはいったんだから、あんたに黙って祈ってやれと言う事に違いないからとーーそれが午前中でありました、午後からまた座った時に或る方が参って来て、もうその方の近所におってからもう本当に目を覆いたい耳を塞ぎたいような事がですね。
熱心な信心しておかげを頂いておる、ああゆうおかげを頂いておるにもかかわらず、そう言うこれが信心さして頂いとる者の家庭だろうかと言うものがあるが、これはやっぱり言うて教えてやるがよかろうかと、前と同じような感じ、私はそれを聞きまして思いました、金光様の信心を本当に成程、その生き神でもなって行けれる道と言う程しの信心であるが、御理解に御教えに私が頂いとりますように、難儀が大きければ大きい程、おかげが大きい、めぐりが大きければ大きい程、大きな徳が受けられる、もう本当にそう言う難儀な氏子、屑の子のいうならば集まりなのです。
ですから一人一人がその屑の子の自覚に立たなければ駄目だと、本当に信心しよってこの人は浅間しかと言ったような。夕べも壮年部会でしたけど、壮年部会でその話が一寸でました、やっぱり金光様の信心するならやっぱり人間の善かばっかりではいかんごとあるの、根性もしっかりある、あの人は根性者と言われる位な、根性をもっとらなければ、もうあの人は本当にだらしがない、と言うような人がです、此処の自覚に立ってそこからはじめられた信心から、本当の信心が生まれるごとあるのと言うて話した事でした。
皆もその通りのおかげが受けられるためには、なら教祖さま御自身も何もできん土掘りである、言うなら無学の百姓であると言う、自覚から生き神が生まれておる、私は誰よりか、これも出来る、頭もよかーーなら、私も商売だけなら誰にも負けん。
商売が資本がなからにゃ出来んてんなんてんおかしい、私はほんとうにそうおもうておりました、商売は資本のなかでも出来るんだと、私が北京から帰って福岡で商売をしたのは、本当に無資本からやったんですからね、だからこれは以前の言うたら、一荷籠から出来ると、一荷籠と言うのは荷籠一荷ありゃ、中に品物がなかったっちゃ、品物はどこからか持ってこられるのである、そこが商才、もうそれは物資欠乏の時であっても、もうこの品物だけは売れんというのが、大きな問屋に行くと必ずあったです、これはもう売れないものだという、だからそう言うものを私が売ってやるから貸してくれ、ですから向こうは喜んで貸してくれるんです。
それを人が売り切らんのを売って来るのです、ですから商売ーーーと言う位に私は商売には熱心であり、またこれだけしか出来んと、外には何も出来ない、釘一本打つことすら、家では家内が打ちました。電気いっちょ扱うでん家内が、おいおい電気がちょつと消えたとか言う風でした。今でもそうです、未だ私は夜中に水を使わせて頂くとに、冷たいとでないといかんのですから、自分が冷蔵庫から氷を出すことを未だ知らんです、どげんして出してよいか、テレビがついとればついとるぎり、物言わんでん黙って聞きよる、どげんしたら物言うのかわからん、ちらちらしよるほらちらちらしょるがと言うだけです。
と言う位全然もう覚えようともう思っていない感じです。
私はと言う位に、何も本当に馬鹿の本当に私を、あの甘木の戸田さんが初めて見えた時に、客殿でお食事をあげるときに、本当に偉大な先生ちゃ、つい馬鹿んごたる話でなければ偉大な徳はうけられんばのちゅうちから、秋永先生に話しよんなさいますとですけん、此処の先生どんがそげなところがあろうがち、まあむごう言いなさると私は言いました、
ことがあるです、本なごと馬鹿のごとあるところがあるのです、だからその自覚に立ったんです、私は何も出来ん無学の商人であると言うことです。 ──────────────────────────────
一昨日でした土居の熊谷さんがお届けをされました、もう本当に親先生もう二十数年前、まあ信心こそさせて貰いよったばってん、只おかげ頂きたいばっかりの信心であり、只教会に参りよったがです、その時分の私の根性、根性と言うのはです、もう浅ましい限りでありました。第一私は非常に妬み心が強い人を、妬む羨ましいと言う心が強い、非常に虚栄心が強かった、根性は勿論悪かった、それに惜しい欲しいはそのため何十年間裁判をする位にそのことのまあ言うなら、おかげの頂けない条件の総べてを具えておりました、私でありましたが親先生もう本当に完璧と言うことは言えないけれども、人を憎む心も無くなりました、人を羨ましいと言う心もなくなりました、妬む心と言うのは更々ないと言う位にあります、惜しい欲しいももうこの頃はもう本当になくなりました。あそこに沢山いろんな果物やらがあります、皆が貰いに来ますと、さあどうぞ柿じゃろが無花果じゃろうが、最近な無花果貰いが毎日あるそうですが、どうぞどうぞ中には黙って貰って行く人があるが、もう本当に自分のものであるばしの様にと。
例えば屋敷の方をこうやって削られよったっちゃ、自分の土地でばしあるようにと思ってもうそれが全然ひっかからん様になったと言うのは不思議ですが、そう言うおかげを頂くようになったら、第一物に不自由致しませんとこう言う。もうほんに二十年前の事を思うたら、恐ろしいごとある自分であったものがです、合楽におかげを頂くようになってもうこれが完璧にさらさらない、とはいえんばってん、まあ自分が思うて見てそう言う物がないことに驚いて、もう昨夜はその事を思うたら有難うして、有り難うして有り難ずくめで寝ませて頂いたら、先生お夢を頂きました。そのお夢がね、和賀心時代を創ると言う旗を押し立ててね、そしてね辻説法しているところを頂いた、町の角角に立って言うならば「和賀心時代を創る」と言う旗、ところが話しそのものは自分でもどうしてこげん話し下手じゃろうかと思う位に、まあ辻褄の合わん様な話しを一生懸命しておるけれども沢山の人が聞いて下さり、動くと沢山の人が聞いて下さると言うお夢を頂いて、もう本当恐れ入りますと、例えば私がそう言う本当に私はですね、本当におかげを頂かなければ言えないと思うです。
未だ根性が悪い時怖しい欲しいときそれは言えませんよ、お取り次ぎそれが本当に自分から無くなったと思うから、言えるのです。私は実はこげんだらしがない男じゃったと言うことでもですね、そこをいっぺん克服してそこを通り抜けたとき初めて私もこう言う癖があったもんの、私もこげなところがあったばってん、改まってこげんおかげ頂いたといえるんだ、私は熊谷さんのお話を聞かせて頂きながら、そうだと思ったですね、成程そう言えば成程しっかり、根性もしっかりした人、私どもからも思いよりました。
その中間に於いても本当に、私も熊谷さんが言われるようなものを、熊谷さんに確かに感じましたです。それが自分ながら完璧とまで行かんにいたしましても、自分に無くなっている事に気付かせて頂いて有難い、しかもその有難いと言う心で、今熊谷さんがおとどけをされるのは自分一人ですからね。
それが皆な隣近所の信者さんの、あのお初穂袋を見てご覧なさい、沢山のことそれこそ他人の事のために祈ってある、本当に和賀心時代わ創る事のための運動員にならせて下さいと言う願い、合楽教会大発展、親先生の健康を、もうこれが祈りの中心だ。
そこに自分の助かっている姿を見る時に、有り難うして有り難うしてと言う事になって来る、これが我が心に神様が生まれてござる、だから中途半端なところからは生まれないと言う事です、自分の根性の悪さ、自分の言うなり、浅ましさと言うものをです、本気で気ずかにゃいかんです。これ位な事は人間じゃけん当たり前と言うことでん、そこから神が生まれる筈がないです、私は今日はね皆もその通りにおかげが受けられると言う、教祖様が受けられた、言うならば心の御状態であられるであろう思われる、御状態が和賀心だから我なかせら我が心を拝みたい心、いわゆる生神とはここに神が生まれると言うこと、そこにはね、まあだ自分には才覚があるとか、自分はと言うそのものがです、自分で尊大ぶっておるとでも申しましょうか、と言う間は生神ーー自分はもう悪か事はせん、自分の心は神様のごとは無かったっちゃ、善か心だからと、自分でよか心と思うとったり、自分は悪か事はせんけんでと、言うような人は先ずは生き神が生まれて来ないですね。我が心に神は生まれて来ない、真から根から霊 ならば親鸞上人様がもう日本一の大悪人だと自分で悟られた、そこから人から生仏様と言うものが生まれたのである。
だから自分程しの悪人がと言う時にです、人をどうか言う資格はないでしょうもん、お前が悪人、自分程だらしのない者は分かった時にです、人のだらしのないところなんか指摘する事はできないでしょうもん、これは私どもでも自分でわそう思わんけれども、人がどう言う風に樺目の大坪さんな、碌な人ではなかった、ああこすかこすかと私を言いよるか知れません、そう言う例えばこすかこすかといわれるものを自分が自覚したところから、これではいけんと気づくところから信心は生まれて来る。
そこから信心は出発している、そこから神が生まれて来ておる。
昨日私が取り次ぎさせて頂いた二軒の人達の事もです、成程その近所の人達が言っている様にです、しかしそう言うものが信心しよって、どう言う事じゃろかと、言う風な見方を特にするものですけども、やっぱりそれがないとは言えない、けどもそれが本当に自分でそう言うものに、自分から気がついたところにです。愈々神様に対して相済まぬ、これじゃゃ信心しょって、神様に対して相済まぬと言うそこからです、私は神が生まれて来る、そこから神が生まれて来る、大悪人と悟った親鸞が生き仏のように人から尊ばれ、土掘りの百姓と悟られたところから、生き神金光大神様と人から言われる程しの神徳になられ、私がなら神様と言われる程じゃないけれどもです、親先生親先生と、なら人に大切にして貰えると言うものです。
やはり私のようなだらしのない男があるか、いうなら無学の商人いや商才だけはと思うとった商才だけは、それすらも実はなかったんだと気付いたところから、きょうの合楽があると思うです、皆さん本気で自分をわかりたまには、愈々本気で教えを基にして、自分を掘り下げて見ることですね、そこから改まった生活に入る。
《熊谷さんの一昨日のお届けを聞かせて頂いてです、本当に一つそう言うお届けが本当に人の前でも言うて出来れるようなです、自分の一番人から嫌われる言うようなものを持っておるそれをです、本当に人前で話せれるときには、もう自分が改まろうと決心した時とか、又は改まった時なのです》
人に好かれん証拠に、言うならお金に好かれん証拠に、物に好かれん証拠に、物にも人にも金ねにも大事にされていない事実を思う時にです、自分は立派だけれども金がすかん金が入ってこん、自分は立派だけれども人から大事にされん、と思って見るがいいです。
自惚れは大禁物、我が心に神が生まれると言う、先ずは本当に人からも神様からも、嫌われるようなものを持っておる自分と言うものをまず自覚して、そこから神様のお袖に縋って、どうぞ我が心神に向かって行くところの信心を願い縋ってゆくところからです、私は本当の金光教祖が受けられたような、皆もその通りのおかげが受けられると言う、そのおかげが受けられて来ると思うですよね。 どうぞ。